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竹ちゃんの世間に対するアレコレ

「当たり前の毎日に新しい視点を。新しい表現を」をテーマに、あまのじゃく大学生が日々の生活を新しい視点からシニカルに文字にしていこうと思います。 お付き合いいただけると幸いです。

潔癖症の人って潔癖症を一種のステータスとしてるよね。

こんちわっ

142日目です。

 

ツイッターの本垢にミスって投稿した就活あるあるの記事を、ゼミ生に見られていてなんか急に恥ずかしくなった竹原です。

 

潔癖症の人って潔癖症を一種のステータスとしてるよね。

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こんにちは

潔癖症の竹原です。嘘です。

 

こんな風に潔癖症の人って

「私ってぇ〜、潔癖症なんだよねぇ〜。ほらさ〜電車のつり革とかってさぁ〜誰が触ったかわからないじゃん〜、まじぃ〜無理〜。」

って言いがち。

 

ジャングルにでも放り込んでやりたい。

 

 

でも、思うんです。

ガチ潔癖症は確かに、人を家にあげる時にファブリーズとかかけたりとかするけど、このつり革を握れないいわゆる量産型潔癖症って、なんか潔癖症であることをステータスのように捉えてる気がするんですよね。

 

「へ、庶民はそんな汚いとこでも平気で触れるもんな。へっ」

 

そんな感じで言われてる気になります。

庶民で悪かったな。

 

最近では少しでもおたくら貴族に近づきたくて、つり革の上の方握ってるわ。

 

というわけで今回は、

そんなにわか潔癖症さん達を貶めるべく

実は汚いであろう場所・ものをご紹介していこうと思います。

 

 

・電車の端の席

みんなに人気の電車の端。

でも、その壁の部分って汚いですよね。

特に夏場。 汗でベトベトになって腕がその壁にくっつくわけです。あー。潔癖症だと座れないね。悲しいね。

 

・居酒屋のトイレの洗面所の蛇口

自動式なら良いのですが、自分でひねるタイプだと汚いですよね。はい。

潔癖症の人はどうするんでしょうね。

 

・つり革の紐の部分についてるプラスチック

よく、潔癖症の人は、上のプラスチックのとこを握るとかききますが、結構な人が上の方も握ってるよね。

 

・図書館の本

何が染み込んでるかわからないね。

 

・自動販売機のボタン 

多くの人が押してるね。つり革とあんまり変わらなくね。

 

・スマホ。

めっちゃ汚くね。まず、そんなに消毒とかしてる人いないっしょ。

あなたのスマホも汚いですよね。

ばい菌の温床ですよ。 

 

・動物

潔癖症なんだよね〜とかいう人に限って動物とか触りたがる。理解不能。

 

 

以上!!

まぁ、世の中のものの殆どが汚いですよね。

潔癖症を語るなら、潔癖症らしいとこを見せてくれ!!

 

 

We are カメラ中毒。スマホ中毒。

こんにちは

141日目です。

 

早稲田大学に潜入し、我が母校との差をまざまざと見せつけられて悲しくなっている竹原です。もっと我が母校は設備投資しよう!!駅名買って満足してる場合じゃない。

 

 

そんな竹原は

本日の朝、渋谷にいました。

すると渋谷の地下鉄の駅の出口付近に沢山の消防車が止まっています。

あれ、なんだろな〜なんて思いながらもスタスタと歩いていると

就活生らしき女性が、その救急車をスマホでパシャリ、きっとインターフェイス的にInstagram、それもストーリー。

 

その光景をみて、なんか不思議だなって思いました。

今日はそれを記事にしていこうと思います。

 

では、いってみよう!

 

We are カメラ中毒。スマホ中毒。f:id:thomas21:20170523014921j:plain

 

就活生らしき女性の消防車を撮影する様子に疑問をいだいた竹原なわけですが

いったい何に疑問をいだいたのか。

 

それは

「何のためにそれを撮影しているのか」

 

この出来事はあくまでもきっかけでしかないのですが

きっと写真や動画を撮ることの当初の意味って

出来事の記録だと思うんですよ。

言葉だと想像できないもを具現化する再現性の高いツール。

 

 

そうだとすると

写真を撮るという行為は

その光景を後々に再現するための記憶の手がかりとしての写真撮影と

その光景を他の人と共有するための写真撮影との

二種類に分かれると思います。

 

しかしながら、

昔は後者のような拡散前提の写真撮影は

あまりかんがえられなかったのかなと思います。

これほどまでにも家庭に機材が普及してないし。

そもそも、写真を共有する方法が出版物をだすか、アルバムをみせるかみたいなレベルだし。

 

そうなると

後者の拡散前提の写真という考えは比較的にあたらしいものなのかなと。

 

でも、今の写真の意義ってこっちだよなって思います。

 

前はフィルムだったこともあり、写真というように物が残ったが

今は、無制限にとることができるものの現物はない

データとして保存されても、量もあるため見返すものとしてはあまり機能しない。

そして、モノとしての接点を有さないため、見返されることもすくない。

つまり、記録は一応しておくもののデータはデータ。

 

そして、現代はTwitterやFacebookをはじめとするSNSの普及により

だれもが情報を発信することができるようになった。

 

だから、各々が質の低い情報を腐るほど世界に垂れ流すことができる。

その情報のなかに、消防車の写真やらは含まれるのかなと思います。

 

スマホ画面を通して

つながってる誰かの生活、だれかの視点を共有することができ

世界はひろくなってこれまででは接点のないできごとには出会うかもしれない

しかしながら、同時に情報の深さという点では浅くなったのかなと思う。

 

自分じゃない誰かの言葉を引用してしまえば

知った気になれるから。

 

何を言いたいのかよくわからなくなりましたが

SNSやカメラの小型化により簡単なテキストと写真だけで

多くの人々がプチジャーナリスト体験できるようになったはいいものの

そういう情報ってあんまり必要ないのかなって。

 

きっと「あ、ネタ見つけた」くらいの気で投稿してると思うんですけどね。

このブログと同様に。

 

スマホを見ている時間だけでなく、

日常生活でのふとした行動にまでスマホで撮影、投稿が

染み込んでると思うとちょっとした恐怖すら感じます。

 

なかでも理解できないのが

よくニュースなどにある視聴者から提供された事件などの映像。

目の前で事件が起こっててまっさきにスマホをだす神経。

理解しがたい。

 

 

といっても、面白い人がいたら

すぐにスマホのメモに書き込みますが。

 

 

 

なんか、スマホ中毒だなって思います。

スマホないと生きていけないもんな。

 

 

 

 

 

 

 

キャリアを選択するうえで考慮するべき現実についての話を聞いて。

こんにちは

140日目です。

 

本日は念願の早稲田大学に潜入し、頭のいい人たちと一緒の空気を吸ってきた竹原です。間違いなく賢くなりました。シャキーン。

 

今回は単なる不審者としての潜入ではなく

講義の中でのカメラマン兼聴講者というポジションでのオフィシャルな潜入であります。いぇい。

 

そんなわけで

一聴講者、一就活生として

今回の社会人としてのキャリア形成についてのお話をきいた感想を今回はまとめようと思います。

 

では、いってみましょう!

 

キャリアを選択するうえで考慮するべき現実についての話を聞いて。

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私達のになう日本のこれからはお先真っ暗

就活生をしていて、忘れかけていたこと

それは、日本ってなかなかやばいよってこと。

 

売り手市場、超売り手市場だの言われて

誰もが口を揃えて

「よかったね、景気を良くて」

 

そのようにポジティブな声を聞いていると

このまま景気が上向きになっていくようにも、

そして志望する企業にも繁栄の二文字しかないように感じる

 

 

でも、数年前までは氷河期だった。

実際問題、今世界的に強い企業がなんかやらかせば一気にその流れに

なってしまうことも考えられる。

この「景気が良いね」って言葉はそういうレベル感のものなのかなって思いました。

 

実際、何千人って人をリストラしている会社が、新卒で数百人取ろうとしてる事実。

しかしながら、そんな会社が「就職したい会社ランキングの一桁台に入ってたりもする。」

車で栄えたデトロイトだって、今や廃墟に等しい。所詮そのレベル。

 

ブランド名が強いのだろうけど

自分も実際名前で会社を選んでたし、オフェィスの場所はヒカリエがいいなんてわけわからないことを言ってた。

 

ちょっと売り手市場だからってチヤホヤされて

そして、社会的にも応援される就活生という立場にかまけて現実を美化していたのかもしれない。

 

売り手市場。

しかし、お先は真っ暗。

 

悲観的だといって切り捨てるのではなく

その事実を理解することの大切さを感じました。

 

 

当たり前が贅沢へと変化した現在

お話の中で、クレヨンしんちゃんのお話がありました。

「どうして、キャリアについての話にクレヨンしんちゃん?」

と思いそうですが

 

主人公の「野原しんのすけ」のお父さんのことを考えてみてください。

きっと、アニメになかでは

会社でも家庭でもうだつの上がらない、中間層などというイメージがついていると思います。

 

でも、しんのすけのお父さん

「野原ひろし」って実は勝ち組らしいんです。

 

今や、就活で人気のある商社勤め

そして、年収650万。

夢のマイホームに

子供二人、犬一匹。

 

きっと今の私達の感覚だとそれなりに

幸せそうな生活ができてるんだろうなというレベルだと思います。

 

しかしながら、物語がはじまった1990年代だと

これが、なんか残念な描き方をされてしまう。

そう、その頃はそれがある意味そこまで理想といえるほどの水準ではなかったのです。

 

そして、

この今の時代を生きる私たちにとってそれが

「幸せそうな生活」として捉えれるということは

 

私達の生活の水準が落ちた、理想とするレベルが落ちたということです。

 

今の時代の「野原ひろし」を描くとすると

一体どのような設定になるのでしょうかね?

サービス業、年収450万?アパートぐらし、奨学金返済中とか?

 

そんなわけで私達がむかしから無意識に刷り込まれたきた

「当たり前に幸せな生活」って意外と難しいものなのです。

 

動かないとみえる景色はかわらない

そして、今回の講演をきいてみて一番感じたのが

如何に自分の人生を戦略的に生きていく必要があるのかということ。

 

これは、勢いで攻めることが悪いというわけではなく、

そして、冷めて生きろといういうことでもなく

戦略的にポイントを絞り勢いでせめるということ。

 

やっぱり、どう生きたいのか

そして、どう働きたいのかとか自分の中で知る必要があるのかなと思った。

 

しかし、それってそもそも社会のことがわからないから

なんいも思いつかない、明確な解がない。

 

 

そのためには動く必要があるというのが今回のお話。

 

とりあえずその世界に飛び込んで見る

そうするといろいろな事がわかる。

もっともだなって思います。

 

自分もエンジニアでインターンしてみて

じつはすごく地味だってことや、意外と期待してたほどのマインドがそこにはなかったりとか。

 

そのおかげで今はある意味、地に足ついて会社をみることができる。

 

やっぱり、一歩踏み込むことの大切さを感じます。

そして、踏み込んで変わる見える世界をしっかりと見て、すり合わせをする。

すごく大切だなって思います。

 

未経験のエンジニア志望の人と話してて、

「毎日レッドブル飲みながら、音楽ガンガンでイケイケで仕事したい」

とかって聞くとイラッとします。

 

例はいまいちですが、見てる世界がすこしかわるってことは

そういうことなんだと思います。

 

 

基本は等価交換

鋼の錬金術師を読んだことをがある人はよくご存知

等価交換という言葉。

 

同じ価値同士のものを交換するよという漢字まんまの意味。

 

これは給料にもあてはまる。

つまり、高い給料をもらうには

それなりに長い時間働くか、それだけの価値がある仕事をするのかということ

 

楽に仕事がしたいのならば

それなりの給料を覚悟するか

 

それほどの価値の高いことをするスキルがないといけない。

 

 

当たり前のことだけど

言われないと考えないことだなと思いました。

 

 

 

まとめ

お先真っ暗だからこそ、

一人で生きていく必要がある。

もう、終身雇用の時代は終わった。

 

これからは会社ではなく

個として評価されるものを見つける必要があり

それを身につける働き方をする必要がある。

 

そのためには、きちんと戦略的にキャリアを考える必要がある。

そして、キャリアを考える上で大切なのが、一歩踏み込んでみるということ

とりあえずインターンとかいろいろできるうちにいろいろやっとけ!

 

 

 

そんな感じかなと思います。

 

 

 

いやー、たまにはよその大学にいって

違う空気を吸うこともたいせつですね!!

 

とても刺激的な一日でした。